日本の専門家   

小学生のころのきらりは今よりも精神的に切羽詰まって見えました。
今は体調が悪いですけど、精神的には落ち着いて見えます。それは自分が起立性調節障害だというラベルを貼れたからだと思います。

小学校では低学年から自分が友達に受入れられているかと言う事をとても気にして過ごしてきました。
家では友達に合わせることがしんどい、でも友達がほしい。と言う事をよく訴えていたように思います。
もし、学年をこえた付き合いがあればきらりも自分と話のあう友達が出来たかもしれませんが、基本受け身なので自分から新しい場所へ出て行く事は無く、友達も、同じクラスの子がほとんどでした。

けれどきらりの様子は痛々しくさえあり、母である私が力不足でいつもなんとかしてあげたいと思っていました。高学年になるにつれ、自分はみんなとおんなじで、特別なにも出来ないと言い出し、自分の興味や考えを封印して行ったようでした。そんな姿が本当にかわいそうでわたしがふがいなかったです。今思うと自分は何なのか、どこに属するのかがわからず不安定だったと思います。

5年の時、クラスのいじめっ子から嫌がらせが続ききらりの辛さが限界になった頃、WISCをうけてその結果を持って、スクールカウンセラーに相談に行きました。
そのカウンセラーに言われた事は、「みにくいアヒルの子」に例えて、「こういう子はこのままの環境でアヒルのままでいるか、違う世界に白鳥となって飛び立つか、自ら選ぶから心配しなくても大丈夫ですよ。アヒルが不幸なわけでもないし、白鳥だったと気づいてその上でどちらが自分にとっていいのかを選ぶでしょうから。」と、ほわっとした話で、え〜私がすることは無いってこと?となんとも消化不良でした。またこの内容をママ友に誤解無い様に話す事も出来ず、もやもやしたままでした。

で、次に子供の心療内科に行きました。そこで、「ま〜アスペルガーやろな。」と医者に診断され、次々と薬を処方されました。
その薬できらりの孤独感が埋まる事は無く、これ以上薬はごめんだと思い通院をやめました。その医者が言うにも「これだけ賢いねんから、何でも自分で考えて困難も自分で考えて対処させていったらいい。」でした。

きらりは子供なのにもうすでに何でも考えられて自ら我が道をゆけると本当にこの専門家たちはおもっているのでしょうか?
もしそんな力があるなら、自分を卑下して”普通でありたい”と自分を責めたりするのでしょうか?
私もなんかしっくりこないまま通院して薬を飲ましたり、違う気がすると感じる自分を、だましだまし医者を信用しようとしていました。そんな態度は母として無責任だったと思っています。やっぱりきらりの1番の理解者は私なんだし、もっと自信をもって言葉にしたらよかったのです。

あ〜日本でギフテッドの専門家でなおかつ私なんかでも相談に行けるそんな機関がほしいと切実のおもいますねえ。

★最後まで読んで頂いてありがとうございます★


にほんブログ村 子育てブログ ギフテッドチャイルド育児へ


にほんブログ村 病気ブログ 起立性調節障害へ

[PR]

by kirarinpart365 | 2013-12-03 22:25 | たぶんギフテッド

<< これからの教育 診察〜精神科医と起立性医との見... >>