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友達   

いつも書いていますが、きらりは起立性調節障害のため、昼からか最近は放課後からの登校になっています。
有り難い事に学校の先生は勿論、友達、クラスメイトみんなが病気を理解してくれていて、応援してくれています。
去年から同じクラスのA君。週末はいつも遊びに来てくれてきらりに学校で起こった事を話してくれています。2人で話していてとても楽しそうで、よく大きい笑い声が聞こえてきます。
起立性って午後からは普通に健康そうに見えるので、学校をサボっていると思われがちです。それが、特にA君はきらりのしんどさをわかってくれているようで、母としてもとっても感謝しています。

そのA君が次の日の連絡を書いてくれるのですが、横にクイズが出されているのを、きらりがとってもうれしそうに持ってきました。
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野球好きのA君。クイズはいつも野球のことです。でも水泳部037.gif「6時間目の途中までに来たら2問、終礼や掃除の時間に来たら1問」と、ちょっとでも早く来れたらいいなというメッセージを感じます。
また、「明日も頑張ってこよう〜」とも書いてくれています。
もうね、ジーンと感動しましたよ。

なかなか友達が出来ないとか友達が合わないとか言っているのですが、こうやって、しっかりと自分に合う友達もつくれているし、自分の病気の事を、皆に理解してもらえる様に、きらり自身も努力してきたから今周囲の理解を得られているのだとも思います。実際私が学校に行くと、違うクラスの子達からも「お〜きらりがんばってるな〜」「明日もこいよ〜」等等、かなり声をかけてもらっています。私にまで「今日あいつ学校来られへんかったんですか?」とか「今も寝てるんやったら起こしに行こうか?」など、話しかけてくれます。

小学校の頃から悩み続けていた友達ですが、今まで友達関係で試行錯誤してきた結果、今、上手く付き合いが出来る様になっていて、こんなに声をかけられ、学校にろくに行けていなくても、卑屈にならず過ごしているきらりに拍手を送りたい気持ちです。勿論お友達にも感謝感謝です。

これからも試練はまだまだ続きますが、♪人は悲しみが多いほど、人にはやさしく出来るのだから〜♪のごとく、辛い中でこそ分かる大切な事があって、身に起こる事全てに、ムダな事はないんだろうなあ。としみじみ思います。

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by kirarinpart365 | 2014-06-29 16:40 | 学校

死ぬのが怖い   

今日は遡って保育所のころの事を書きます。

年長さんでした。
なんでかわからないけど(なにかきっかけがあったのだろうけど忘れたのかも)突然、死ぬのが怖いと言い出しました。
「きらりも死ぬの?」と聞くので、「そうだね、生きている者はみんないつかは死ぬからね。でも、きらりが死ぬころは、ママもばーばも死んでるから、天国で待ってるよ。だから、さみしくないよ〜」と言っても、私の言葉は届かないようで、「やっぱりきらりも死ぬんだ。怖いよ、怖いよ。」と繰り返します。
その日から起きている間はずっとベソをかいていました。

私の考えでは子供は、気をそらしてあげたらころっと機嫌がよくなる生き物だったので楽しい話題をふったり、きらりが喜びそうな番組を一緒に観たりして、なるべく楽しそうに振る舞って、死ぬ事を忘れさせようと接していたのですが、「あははは〜おもしろいねえ〜・・・・死ぬのこわいよ〜うわ〜ん!007.gif」となってしまい、正直うんざりしていました。
そんな不安定な状態は保育所でも同じだったようで、一人、シクシク泣いて先生が声をかけてもお友達が誘ってくれても泣き止まず、周りがほったらかしにすると自分から、「◯◯ちゃんも死ぬの?◯◯先生も死ぬの?」と暗い迷惑なオーラをまとい寄ってくるので、とうとう先生が一人きらりにお付き合いしてくれる事になったそうです。
この周囲からすれば全くはた迷惑な状態は1週間以上続き、その間、遠足もありました。
遠足で大きな公園に行き、他の子たちは楽しくってテンションあがって走り回っているのに、きらりはベンチに座り、相手にしてくれていた先生にまたしても「きらり、死ぬの?」と問いかけて来たそうです。(この先生はかなりのベテラン先生)先生が「きらりちゃんが死ぬのは80年先だから大丈夫よ」と返すと、「やっぱり死ぬんや〜」とその場に突っ伏して泣いたそうで、とっても大変だったと聞かされました。

それから間もなく、死ぬのが怖い思想から離れたようで、ようやく平穏がもどりほっとしたのを覚えています。

いやはや、先生方にはお世話になりました042.gif卒園後にお会いした時に、「何年か経ってもその話しで大笑いするんですよ〜」と言ってくれていました(苦笑)


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by kirarinpart365 | 2014-06-26 21:48 | たぶんギフテッド

類似星   

先日ブロ友の飲茶さんから、きらりの小説を見たいと、リクエストがあったので、紹介させて頂きます。

公開させて頂くにあたって、親ばか炸裂ですし、あほらしと思われる方は、スルーして下さいね。また、あーちゃんママさんが、あーちゃんが小説等で賞をとったと記事にされていましたが、けっしてあーちゃんと比較しないで下さいね〜(笑)あーちゃんのほうが文才もあるのは百も承知の助ですので〜(笑笑)

今回アップするお話は中1の3月に書いた物です。

類似星

                  序論 
 人類が生まれて20万5千年。キリストが生まれて5千年。ついに我々人類は、地球と類似した惑星を発見した。その昔、ソ連とアメリカが出した計算では宇宙上で地球と同じ形をした惑星の数は、十個あると言われている。そのあと人類は西暦2300年、地球上の経済、国際問題を克服して全力を尽くし宇宙開拓を推し進めた。経済成長ばかり時間を長らくかけ、ムダに見えたが、この問にも科学力は目覚ましく進歩していた。西暦2325年、早くも人類は生命が維持出来る惑星を発見した。この星の名前はx−88ハピー星と名付けられた。非常に楽観的な名前だが、世界中がハピー星に熱狂した。その反面、ハピー星には原始人が生息していて、植民地とするため奴隷、大量虐殺と残酷な星と化した。そのうちハピー星の桃源郷のような虹と泉の世界は血と死体の世界となってしまった。このことがあからさまになったのは、西暦2900年、ハピー星発見から575年も経ってからであった。人類は自分たちがやってきた愚かなる罪を反省したのであったのだが、もうハピー星は、核爆発で全てが手遅れとなっていた。


この事で人類は「星命保護地球団体」なるものを創った。この575年にもいろいろな星が開拓されていた。この星々の均衡を正すため、このような団体が働きかけたのであった。だが人類は少しずつではあったが、汚染惑星を増やして行ったのであった。そして長らく地球上では平穏の時が過ぎて行ったが西暦3600年地球を含む天の川銀河の3500万分の1の星々が人類の手によって汚染惑星となってしまった。(銀河系の星の数が約2000億個とすると3500万分の1はざっと5714個の星が汚染されたことになる。生命が維持出来る惑星は元々少なくないので、かなりの数である)この事を受け星命保護地球団体は全面的に汚染惑星ゼロ策を打ち出した。団体以外でも開拓で親交を深めた地球外知的生命体、レム人(レム人の言語では  手書きの図形のような文字     となる)も、この策に賛成した。しかしこの汚染を防ぐ方法は、安易にこなすことができるのだが、貧欲な人類はたった少しの経済的負担で避けて来たのだった。政府を含む人民がこれに大きく反対した。これを見かねたレム人は仕方なく、この負担を支援する事にした。そのかいあって汚染惑星はすこしづつ無くなって行き500年経った西暦4100年に汚染惑星が一つたりとも無くなったのであった。地球の人民も心が豊かになり真の平和がおとずれた。


西暦4700年、あるプロジェクトが開始された。我々、含む地球類似星発掘プロジェクトである。人類は長らく宇宙開拓から遠ざかっていた。人類は久しぶりの開拓となるのだが、初めての試みとなる銀河の外へ進出することに挑んでみたのだった。まず類似星を地球から発見しなければならなかったが人類4700年を持ってした最高の科学技術をくしし、ようやく見つけることに成功した。場所は、初めて発見されたブラックホール、はくちょう座x−1の遠く遠く光りが失なわれないほど遠くにその惑星が発見されたのだ。なんと、はくちょう座x−1のちょうど真後ろに位置しているのだ。これは天文学的にみて類を見ない珍しい天体なのだ。しかも地球と類似しているとなる。まさに奇跡だ。だがなぜ今となって、その星が発見されたかというと、はくちょう座x−1が発見され3000年近くたっていた。その間、宇宙全体が春夏秋冬、星座が変わるように非常にゆっくり回転しているのだ。そもそも宇宙というのは無数に存在していて球体なのだ。この球体が膨らみながら回転していると分かり易いだろう。地球の方が宇宙の中心に近く、はくちょう座x−1が宇宙の外側に近いと考える。そして、それよりも、もっと外側に位置しているのが地球の類似星と考えられる。少し分かりにくいと思うので下に図を用意した。 


               手書きの宇宙の見取り図



これが回ると類似星がはくちょう座X-1からはみ出して見えるのだ。ただ、なぜ宇宙が回っているのか詳しい事は分かっておらず、これは仮説に過ぎない。他にも母星が何らかの力で宇宙の中を移動したのかもしれないという仮説もある。これから激しい仮説論争が巻き起こるだろう。とは言え、その惑星に接近するほかない。我々はこのプロジェクトで作った高性能宇宙ロケットはくちょう座X-2号の乗組員として派遣されたのだ。西暦4738年ついにX-2号は、遥か地球の類似星へ向けて飛び立ったのだ。

宇宙船生活は過酷な物であったがワープ機能とコールドスリープ状態になれるベッドのおかげでなんとか危機を乗り越えて来た。そして西暦5000年ついにその類似星に到着したのだ。長い旅だった。この本ではその類似星の国史を主に記録する。なお、前述に登場したレム人の言語については、ウィリアム・キラリ著「レム人の言語」に目を通して欲しい。ウィリアム・キラリと私フレデリック・フロイトは旧友なのだ。


読んで頂いてありがとうございます。続きはほかの創作関係に夢中となっている為まだ書けていません。書けたらまたご紹介させて頂こうとおもいます037.gif


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by kirarinpart365 | 2014-06-21 13:14 | たぶんギフテッド

数値はなんのため?   

きらりはWISCを過去2回とっています。WISC-IIIを小5、IVを中1です。

昨日新たに検査の申し込みをしました。
というのも、発達検査って多くの病院では中学生までしかとってくれないですよね?
それを超えると、検査してくれる機関がグッと減るっていう認識なんですけど、違うかな?
今まで、きらりは公共の機関での検査しか受けていないんです。それがどの程度信用出来るのかふと疑問になりました。

発達障害の親の会で知り合ったお母さんに、以前、「信用出来る先生の所でしか、検査は受けないよ。きらりくんのママも、病院選んだ方がいいよ。」と言われていました。

今になってきらりがWISCを受けた事がただ受けただけという事になっていて、市に巡回で来ている精神科医も、発達障害の子を見つけるだけの役目になっているようで、きらりのように、学校で問題行動をおこしていなかったり、勉強にもつまずきがない子は、はいおしまいで、まだ気になるなら、巡回の日に合わせて予約して下さいね、と言われただけです。
そんなもんかな。と思っていましたが、中学が半分終わってしまったので、やっぱりしっかり結果を説明してくれるところで、検査してもらおうと思いました。
WISC-IIIの時はコピーをもらえたので、それを持って臨床心理士や、心理士などに相談に行って、きらりの事をあーなのかこーなのかと推察出来たのですが、IVは何も手元にないので、理解のしようがないんですよね。

友達のお勧めの病院は1年待ちだと聞いていたので、今予約して、中3の1学期にみてもらえるか、です。ギリギリ中学生です。ここでしっかりきらりの特性を理解して、これからの進路を考えて行かなくては!

結果は分厚いレポートで頂けるそうですし、電話で話したところ、WISC-IVの数値もフィードバックしてもらえるようです。市の医師からは、著作権のため数値は教えられないと言われ、口頭での説明のみでほとんどよく分からずじまいです。

検査はなんのために受けるのか?今更ながら、もっと突っ込んだ方がいいと気づきました。。。遅いな、私。。。


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by kirarinpart365 | 2014-06-15 02:04 | 発達障害

現状   

ギフテッドではないかもしれないから、ギフカテを抜けると昨日書きましたが、ちょっと端折りすぎたので、今思っている事を書こうと思います。

日本ではギフテッドという概念も普及していないし、診断してくれる機関もない訳ですから、もともときらりがギフテッドだと確信していた訳ではないです。なので、ギフテッドじゃないからカテを抜けるのではなくて、今は起立性調節障害の方が問題で、起立性になる前と後ではきらり自身が別人のようになっていて今はメインを起立性にしていこうと思ったのです。

以前はギフテッド?というような場面が多く、感受性のアンテナが多すぎて、対応が難しく毎日、振り回されて精神的にしんどかったです。
起立性になってからは感受性のアンテナの数が激減して、起きていてもゲームをしているのが精一杯という日々も続きました。

「起立性は2次障害」と精神科医に言われたときは、ありえるなあ〜と思いました。学校でも友達に合わせてしんどかったし、自分の激しい感情に自分で疲れて、自己防衛的に起立性になってしまったんじゃないかとも思えます。(起立性の医師は1次障害です。それなりに数値が悪いです。と言ってますのではっきりしませんが)
朝起きられなくて、私とバトルの毎日でそれも辛かったと思いますが、今は学校の先生も私もとやかく言わないし、だいぶ気分的に楽になったと思います。

次は起立性を脱して新しいステージに上がろうという気持ちがすこしずつ出て来ているようなので、その気持ちを応援してサポートしていこうと思っています。

きらりは中学生ですし、ギフテッドのOEなのかな?というあたりも落ち着いてきました。起立性になったから落ち着いたのか、年齢的なものなのかは分からないですけど、自己理解がすすんだからじゃないかと思います。
以前は癇癪を起こしていたような場面でも、自分の思っていることを説明出来る様になり、こちらの感情も理解しながら、話し合えるようになってきました。こんな風になれたのも起立性になったおかげなのかな?と。怪我の功名なのかな〜

今小学生のお母さん達の、日々の葛藤はすごく共感しますし、きらりもそうだったな〜と思う事も多いです。きらりが小学校の低学年の時に、私がギフテッドという言葉に出会えていたら、もしかしたらきらりは起立性にならなくて済んだかもしれません。自己防衛的に発症したとしても、そうなるほど追いつめられたという訳ですし、きらりは、自分の道をとっくに突き進んでいたかもしれません。
だから、きらりのように自分を押し殺さなくてはいけない環境にしないで、2次障害、3次障害にならないように、みなさんには気をつけてもらいたいな〜と思います。
私が言うのもおかしいですけどね。。。

とはいえ、ギフテッドかもしれないことはきらりの一面であることは変わらないので、可能性としては残しておいて、知識欲のサポートもがんばろうと思います。


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by kirarinpart365 | 2014-06-13 08:55 | きらりの部屋

小1   

現状、きらりは起立性調節障害のため、ぼんやり過ごしています。起立性になってしまう前のきらりの事を自分の整理の為にかいてみようと思います。整理がついたら、ギフカテから抜けようと思います。
なぜなら、ギフテッドではないかもしれないからです。


思い出した順なので時系列はバラバラになってしまいますが、今回は小1です。

今中2なので7年前になります。いや〜早いな〜008.gif今思えば、めちゃくちゃかわいかったな〜

この頃、うろ覚えですが、テレビでクイズ番組がすごく多かったように思います。
それらがきらりの知識源に役立っていました。

学校では、以前にも書きましたが、友達と会わせるのがしんどいと、一人で本を読んだりしていましたが、学校生活や授業にまだまだ魅力を感じていて、担任から「新しい単元には目をキラキラ輝かせています。」と言われていました。

そんなある夕方、担任から謝罪の電話がありました。内容は・・・
「ちょっと黙っててね、と言っても言っても自分の話そうと思っている先をきらり君が言うのでつい、カッとして、ほっぺたを叩いてしまいました。申し訳ありません。」という内容でした。

突然の事でびっくりして、なんて言ってその電話を切ったのか覚えていません。
直後にきらりの顔を見ると、ほっぺたに、指のあとがミミズ腫れになっていました。
小1ですから、まだまだちっちゃいし、痕が残るほどのビンタってひどすぎる!と、かなり頭に血が上りました。
きらりは自分からその話しをしてこなかったので、担任の電話で知ったんです。それで、きらりに「先生に叩かれた事は本当なの?どうしてママにすぐ話してくれなかったの?」と聞くと、「きらりが悪いから叩かれたの!これ以上言うな!先生は悪くない!」と言います。そうは言っても教室でみんなの前で叩くなんて、尋常じゃないと思い、たまたま家にいたパパと学校へ行きました。パパはネクタイを締めて行きましたよ034.gif
学校では、教頭と担任が待っていました。
担任にもう一度詳しく聞くと、生活面であれ、学習面であれ、世間話であれ、全て、「きらり知ってる!」と話しを持って行くと。。。それで授業が進まない事もあってっと。。。全て合っているんですけど、と。。。

この日も「きらり君は知ってても、お友達は知らない事だから、黙っててね。」と頼んだのに、黙ってくれなくて話しの続きを持って行くのでついカッとして、、、と言っていました。その後は、担任も教頭も平謝りで、腹の虫は治まらなかったけれど、「これからは絶対叩かないで下さい!」としか言いようがなく帰ってきました。

帰って来てからご飯食べたりお風呂に入ったりしながら悶々と考えて寝る前にパパと話しましたが、やっぱり消化不良だったのを覚えています002.gif

その後1年生では叩かれる事なく過ごしましたが、2年ではもっと悲惨な状況になるなんて想像もしていませんでした。。。


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by kirarinpart365 | 2014-06-12 21:07 | 学校